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Masab Ahmad さんに許可を頂いて、 気になった記事を翻訳しました。
2017年現在でも、血糖測定をする場合は血液を採ってセンサーで計測をするのが一般的で、どうしても身体に傷をつけることになってしまいます。 こちらの記事は、そのような従来のやり方ではなく、光を利用した身体に傷をつけない血糖測定方法を研究した記事です。
近赤外分光法による傷をつけない血糖測定器
著者: Masab Ahmad, Awais Kamboh, Ahmed Khan
血糖測定器は血液中のグルコースを測定するのに用いられ、特に症状がある患者、または異常に高いまたは低い血糖値の病歴がある患者に対して用いられる。一般的に、血糖測定器を用いることで糖尿病患者は適切なインスリン投与量を管理できるようになっている。家庭用の血糖測定器によって、臨床用の機器とは異なり、糖尿病患者の生活の質は大幅に向上した。しかしながら、そのような家庭用の血糖測定器は、使用のたびに指の先から血液を採る必要があり、痛みを伴うし、不便でもある。測定のたびに試験紙を交換する必要があり、機器使用時には毎度コストがかかっている。
インスリン投与量の調整には、頻繁で継続的な血糖測定が必要だが、現在利用可能な血糖測定器にはこの要件を満たすものがない。継続的に使える測定器は存在するが、皮膚の下に埋め込む必要があり、埋め込む際には傷をつける必要があり、さらに毎週取り替える必要がある。それに代わる方法に、傷をつけない測定器がある。この記事では近赤外線(NIR)分光法を利用して、耳たぶ上の透過率分光法に基づいて血糖値を測定する構成を紹介する。身体組織の厚み、血中酸素飽和度といった身体の様々な数値と、線形回帰分析に基づく測定システムを用いて、正確でリアルタイムな構成を作ることができる。完全アナログ、デジタル、そして混合のシグナル機能を用いた実装例として、 Cypress の Programmable System-on-Chip, PSoC-5LP も挙げられる。
高血糖と低血糖
高血糖と低血糖は、血糖値の異常に高いまたは低い状態を表す。糖尿病は、体の血糖をコントロールしている膵臓が、インスリンの製造を止めてしまった状態である。糖尿病の原因はまだ完全にはわかっていないが、遺伝子によるという仮説とた日々の糖分の大量摂取が原因という仮説が広く受け入れられている[1]。一度糖尿病と診断されると、インスリンの摂取を容易にするために、継続的な血糖値の測定が必要になる[1]。そのためには、今の血糖測定器では血糖値を測定するために、患者から継続的に血液を採る必要がある。しかしそれは時に大量出血や失血、そして他の合併症を引き起こす。傷をつけない技術はこの血液の問題を解決する。この記事では、傷を漬けない血糖測定について調査・実施をしている。
感度が高く、機器の選択の幅が広く、低コストで持ち運びやすことから近赤外分光法を選択する[1]。1550nmの波長を選択するのはグルコースの信号に対する信号対雑音比(SN比)が高いからである。
動作原理/システム設計
近赤外透過率分光法を使って、耳たぶを通して血糖値を測定する。透過率分光法では、耳たぶの両端で光源と光検出器を使用する。耳たぶを透過する近赤外線の量は、耳たぶの中の血糖値によって変化する。耳たぶを用いるのは、骨がなく、比較的薄いからである[1]。近赤外(NIR)線は耳たぶの片側から投影され、検出器は反対側で減衰された近赤外線を検出する。この減衰されたシグナルをサンプリングして処理する。光源には Thor Labs の2つのLED (LED 1550E) を使用する。従来のシリコンフォトダイオードはスペクトル帯域幅が限られているため、近赤外線を受光するためには使用できず、他のタイプのフォトダイオードを考慮する必要がある。そこで、波長1550nm付近で高い反応を示すMarktech社のインジウム・ガリウム砒素(InGaAs)フォトダイオードを使用した。そして、RCローパスフィルタもフォトダイオードの出力につなぎ、高周波のノイズを低減するようにした。1550nm付近の光源と光の受信機は、グルコースに対して同等かそれ以上の反応を示す他の波長と比較して比較的低コストです。
血糖値とは別に、近赤外線の透過率は光の通り道にある血液量によっても変動する。同じグルコース濃度でも、血液の量が多ければ透過率は低下し、血液の量が少なければ透過率は上昇する。血糖値は測定時の耳たぶの中の血液量に応じて計算される必要がある。血液量は血中酸素の量を測定し、その値から見積もることができる[1]。血中酸素の測定には、パルスオキシメトリーを使用した。パルスオキシメトリーは、赤と赤外線(IR)を用いて血液中のヘモグロビンと酸素が結合したヘモグロビンを区別し、その上で必要な処理をして血中酸素飽和度を得る[2]。
血糖測定に影響する他の物理的なパラメータに、耳たぶの厚さがある。人によって耳たぶの厚さが異なるため、2人以上の人が同じ機器を使用する場合に問題となる。耳たぶの厚さによって近赤外線の経路長が変わり、長い経路長では透過率は低くなる。耳たぶの厚さ測定には、皮膚による減衰性の高い緑色の光を使用した。
近赤外線を計測するために使用するInGaAsフォトダイオードは、そのスペクトル反応が他の波長(緑、赤、赤外)に対してのものも含むため、それらの波長の測定にも使用した。
これらすべての値は PSoCSLP の内部で増幅され、測定され、 処理され、その後 Bluetooth を通して Android アプリケーションと通信する。 Figure 1 はプロセス全体の高レベルシステム図である。
測定と前処理
InGaAsフォトダイオードの信号は増幅器に接続し、弱いNIRを増幅するようにした。赤、赤外、緑の光は減衰が問題にならなかったため増幅を利用しなかった。そこで増幅には内部のプログラマブルゲインアンプ(PGA)を利用した。グルコースの変動によって数ミリボルト程度の電圧変動が記録された。これらは1.024Vの基準電圧で50のゲインが得られるPGAを使用して増幅した。そして、単一のデルタ・シグマADCをアナログマルチプレクサと組み合わせて検出された信号をサンプリングした。近赤外線と緑の信号を測定するのに18ビットの分解能を使用し、赤外線の信号を測定するのに16ビットの分解能を用いた。2種類の分解能を用いたのは心拍数の変動によって2種類の信号を区別できなくなること(エイリアシング)を避けるためである(Figure 2)。
LEDの送信出力はパルス幅変調(PWD)によって制御できる。5個のLED(2つの近赤外線、1つの赤外線、1つの赤、1つの緑)を使用していたため、5個のPWDモジュールを実装した。近赤外線のLEDについては、出力波長がその中を通る平均DC電圧によって変化する。また近赤外線のLEDは3つの異なるデューティーサイクルで使用し、1550nm前後の光学波長を変化させた。これは直接得られるグルコースの測定値からノイズを減らすためである。
信号処理
全ての変動値を保存した後で、処理を始める。アルゴリズムの流れを Figure 3 に示した。
まず、耳たぶの厚さは(1)で表されるように、線型小信号モデル(電子工学におけるIV曲線に使用されるものと同様)で指数関数のランベルト・ベールの法則を禁じして計測する。(1)によれば耳たぶへの光の浸透は指数関数的に減少する。しかし、耳たぶの厚さは非常に小さい範囲で、基本的には2-4mmの付近で変動するため、線型方程式を用いてこのモデルを近似できる。’y’ は浸透の深さ、 ‘x’ は光源の強さ、 ‘A’, ‘b’, ‘C’, ‘D’, ‘E’ は吸光係数である。
begin{equation} y = A e^{-bx } + C cong – Dx + E (1) end{equation}次に血液の量を測定するために、赤色の光を用いて血中酸素飽和度を計算する。皮膚の厚さ及び血液量の2つの変動値は、血液が耳たぶ内部の必要レベルにあるか否かを決定する。傷をつけない血糖測定器は、耳たぶのとても薄い(2mm未満の)乳児に対しては機能しないことがある。同様に、耳たぶへの血液の流入を阻害する医学的状況では、誤った読み取り結果になることがある。血中酸素は(2)で示されるようにパルスオキシメトリを通して計算される。血液検出は単純に吸光による電圧のスパイク減衰を用いて測定される。双方の変動値のAC成分はッカットオフが5Hzのハイパスフィルタを使用して測定値からフィルタリングされ、DC成分は対応するローパスフィルタを使用して計算される。(2)で得られる変換前のO2レベルは、酸素濃度のパーセンテージを決定するために0-100の範囲に変換される。
begin{equation} R(textrm{unscaled} O_2 textrm{level}) = frac{frac{textrm{AC} _{textrm{Red}}}{textrm{DC} _{textrm{Red}}}}{frac{textrm{AC} _{textrm{IR}}}{textrm{DC} _{textrm{IR}}}} (2) end{equation}最後に、血糖値を計算する。近赤外線の領域にはそれぞれ20個のサンプルからなる3種類の異なる波長があるため、3×20の行列が得られる。[1]によれば、異なる波長で単一レジスタの一次フィルタを適用することにより、ノイズが低減され、3つの波長を同じレベルにして同じ処理が適用できるようになる。この有限インパルス応答(FIR)フィルタはPSoCのCコードで作成した。フィルタリングされたサンプルを補完して、線形回帰で回帰直線を得られるようにした。この直線の中心地は偏った血糖値を表す。そして 55-355 mg/dl の範囲に変換する。その結果は耳たぶの厚さと酸素レベルを直線的に表すものとなる。耳たぶが1mm厚ければグルコースレベルは10倍増加させる必要が出てくる。この信号処理には高精度の計算が求められるため、数ミリ秒の時間がかかる。
血糖値
- 低血糖(低血糖) = 0〜70 mg/dl
- 正常血糖 = 70〜135 mg/dl
- 高血糖(高血糖)= 135〜450 mg/d/li>
血中酸素レベル
- 低酸素飽和度 = 0〜90 %
- 通常の酸素飽和度 = 90〜99 %
- 一酸化炭素中毒 = 100 %
近赤外線を使用したこの機器での測定下限は 55 mg/dl で、これより低い血糖値は測定不可能である。しかし、これはLEDの出力を強くすることで改善できる。上限は 355 mg/dl だが、それより高い値は容易に測定可能である。
表示
最終的な血糖値はシンプルなLCDで表示可能だが、この設計では Bluetooth で接続された Android 端末でも表示される。PSoCの汎用非同期送受信回路(UART)はBluetoothデバイスに接続している。単純な通信プロトコルをPSoCとモバイル端末の内部に実装した。ユーザが血糖値を問い合わせると、Androidプラットフォームが ‘get’ をPSoCに送信し、PSoCは血糖値の計算を待ってから血糖値と確認応答(ACK)を送信する。そして、Android端末は受信した血糖値を表示します。全てのプロセスは全体で2秒程度かかる。
結果
上記の装置の制度を決定するために、市販の家庭用血糖測定器と測定値を比較した。クラークソン・エラー・グリッド[1]は、特に標準的に血糖測定器の制度測定に使用されている。y軸は傷をつけない血糖測定器による値を表し、x軸は市販の血糖測定器によって計測された同一患者の値を表す。80人の患者について100以上のテスト値を得た。エラーグリッドを Figure 6 に示す。75%程度のデータが領域Aにあり、残りの全ての点は領域Bにある。傷をつけない血糖測定器によって計測された値と、市販の血糖測定器によって計測された値の相関係数は 0.85 でとても良好である。この制度は文献に記載されているほとんどの血糖測定器よりも優れている(今回の試験で使用したサンプルサイズは比較のためには十分ではなく、さらなる試験と調整が必要である)。このように高性能な結果が出た背景には、 PSoC-5LP が低ノイズフロア(自身の発生するノイズが小さい)で高分解能のアナログ-デジタル変換機能を含めて、高度に統合されたアナログ・デジタル機能を備えていたことがある。さらなる制度の改善は、より感度の高いフォトダイオードを使って、LEDの出力を高め、また周辺温度及び体温といった他のパラメータを含めることによって可能となる。
結論
この記事では血液や指を使うことなく、痛みなく血糖値を測定できる、傷をつけない血糖測定器を紹介した。
注意
ここで紹介している機器はコンセプトを検証するためのもので、近赤外線透過率と血糖値の良い相関を示しているものである。しかしながら、このような実験装置はFDAの承認を受けていないため学術的または情報学的な目的でのみ使用するべきであり、医学的な医薬品投与などの医学的判断に使用するべきではない。
参考文献
[1] V. A. Saptari,“A Spectroscopic system for Near Infrared Glucose Measurement,” PhD Thesis, MIT, 2004.
[2] A. Tura, A. Maran, and G. Pacini, “Non-invasive glucose monitoring: Assessment of technologies and devices according to quantitative criterion,” Elsevier J. of Diabetes Research and Clinical Practice, vol. 77, no. 6, pp. 16-40, 2007.
元記事: Non-invasive blood glucose monitoring using near-infrared spectroscopy